3. 生態系サービスの価値を示すちょうせん

湿しっの研究と湿地が持つ価値

博士号を取得した後、コスタンザさんは湿地の研究を始めました。湿地は湖や川の近くに広がる水辺の土地で、いろいろな生物が生息しています。湿地はただの「ぬかるみ」ではなく、人間にとってとても重要な働きをしています。例えば、大雨が降ったときに水をたくわえてこうずいを防いだり、さかなりやレクリエーションの場を提供したりするなど様々な役割があります。

しかし、こうした湿地の価値は当時あまり認識されていませんでした。そのようなじょうきょうでコスタンザさんは、「湿地がなくなったら、人々は何を失ってしまうのだろうか?」と疑問を持ちました。

社会、経済と自然のつながり

自然と社会はお互いにえいきょうを与え合っています。例えば、豊かな森は空気をきれいにし、人々に安心して住めるかんきょうを提供します。また、魚が豊富な海は漁業を支え、多くの人々の生活をえんします。このように、自然は人間にさまざまなサービスを提供していると考えられます。一方で、人間の活動によって自然は守られたりこわされたりします。自然がかいされれば、それまで自然が提供していたサービスが失われ、人々の生活にも大きな影響がおよびます。この自然が人間に提供しているサービスのことを生態系サービスと呼びます。コスタンザ教授は生態系サービスを金銭的な価値で表すことで、自然のそうしつが人々にもたらす悪影響の大きさを分かりやすく示そうと考えました。

生態系サービスの価値を評価する方法

では、生態系サービスの価値を評価するにはどのような方法を使えばよいのでしょうか。その方法の一つに「だいたい費用を計算する」という考え方があります。例えば、自然の湿しっが洪水を防ぐ役割を果たしている場合、湿地がなくなったらどうなるでしょう?人間がその役割を代替するためには、大規模なダムやはいすいせつを作らなければなりません。そのための費用を計算すれば、湿地が果たしている役割の「金銭的な価値」がわかります。

もう一つの例として、森林が水をきれいにする働きがあります。もし森林が失われたら、水をじょうするために大規模な水処理施設を作る必要が生じます。その費用を調べることで、森林が提供する水浄化機能の「価値」を金銭的に表すことができます。

さらに、コスタンザ教授は、自然が私たちにどれほどの「楽しさ」や「満足感」を与えているかといった非物質的な価値の評価にも取り組みました。例えば、美しい公園で遊んだり、自然の中を散歩したりすることがどれだけ人々に喜びを与えているかを調べるために、「もしこの公園で遊ぶのにお金をはらうとしたら、いくらまで払いたいか?」という問いについて、アンケート調査を行う手法を採用しました。他にも様々な方法がありますが、このような手法を使ってコスタンザ教授は生態系サービスの金銭的な価値を明らかにしました。

生態系サービスの総価値

1997年、コスタンザ教授は、これまでだれげたことのないそうだいな挑戦にしました。それは、世界中の自然が提供する「生態系サービス」の金銭的な価値を推計することでした。

それ以前にも、生態系サービスに関する個別の研究は数多く行われていました。例えば、マングローブの林が海岸線を守る役割や、森林による空気の浄化、水質を改善する湿しっの能力など、専門家たちが様々な地域やテーマで調査を進めていました。しかし、これらの研究成果を統合し、地球規模で生態系サービス全体の価値を明らかにする試みはありませんでした。

コスタンザ教授は、この課題を解決するためには、さまざまな分野の研究を結びつける必要があると考えました。そして、世界中のデータを集め、ぶんせきすることで、自然が持つ価値を明確に示そうと決意しました。

生態系サービスの評価

まずコスタンザ教授は、自然が提供する17種類のサービスについて、16のバイオーム(生物群系)において分類しました。自然が提供するサービスには次のようなものがあります。

  • 大気の調節:植物の光合成による二酸化炭素と酸素のバランス調整。
  • 気候の調節:海洋や森林による地表の気温や気候の安定化。
  • 水の供給:山林や湿しっによる水の貯蔵、供給。
  • 土壌の形成:岩石の風化、有機物の供給。
  • はいぶつ処理せいぶつによる廃棄物の分解、無毒化。
  • 送粉:ミツバチやちょうによる花粉のうんぱん、作物を実らせる補助。
  • 食料生産:魚、ちょうじゅう、木の実や果物などの供給。

そして、それぞれのバイオームでどのような生態系サービスがどれだけ供給されているかを調査しました。バイオームには、外洋、河口、たいりくだな、熱帯林、がたばく、ツンドラ、農地、都市などが含まれます。

次に世界中の関連データを集めました。当時、インターネットはまだきゅうしておらず、世界中の研究データを集めるのは非常に困難な作業でした。コスタンザ教授と彼のチームは、ぼうだいな数の論文や報告書を一つ一つていねいに読み、最終的に全世界の生態系サービスを金銭的な価値として示しました。

その結果、地球全体の生態系サービスの価値は、年間平均で約33兆ドルにもおよぶことが判明しました。この数字は、当時の世界のGDP(各国の国内総生産[GDP]の合計)を大きく上回るものでした。つまり、人類の生活や経済活動は、自然のおんけいに大きくぞんしていることが示されたのです。

初の挑戦とその意義

この研究は、個々の生態系サービスの価値に関する研究を統合し、地球規模での全体像を明らかにする初めての試みでした。論文作成当時、個々の生態系サービスの研究データを一つにまとめることは前例がなく、さらに、生態系サービス自体に関する研究資料が現在よりも格段に少ない状況でした。そのため、生態系といった自然資本の価値を推計するプロセスや数値には限界があり、解決するべき課題も多いことが論文にも記されています。

コスタンザ教授は「こうした課題が解決されていたとしても、推計された金額はやはりきょだいなものになっていた」と述べています。つまり、自然が私たちに与えている恩恵の価値は計り知れないものであるという確信は、ゆるぎないものでした。

この論文は大きなはんきょうを呼び、その影響は国際的にも広がりました。後に国連におけるIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)の設立や、ミレニアム生態系評価などの国際的な取り組みをそくしんするきっかけとなりました。これにより、「生態系サービスをこうりょした意思決定を行うべきである」という考え方が、世界中で広く認識されるようになったのです。

コスタンザ教授の研究は、自然かんきょうの保護や持続可能な開発のための議論において重要なばんを築きました。自然の大切さを金銭的な価値で示すことで、多くの政策立案者や科学者が具体的な行動を起こすきっかけを提供しました。

経済学との協働

コスタンザ教授は湿地の研究を行っていたころ、当時ルイジアナ州立大学の経済学の教授であり、後にブループラネット賞を受賞(2014年)するハーマン・デイリーさんやその研究仲間たちと共同研究を行っていました。彼らによる生態学と経済学のそう関係を探る研究は、最終的に生態経済学という新しい分野の誕生につながり、学術誌「生態経済学(Ecological Economics)」が創刊されました。

また、その後もコスタンザ教授は、デイリーさんとともに1989年に国際生態経済学会を設立し、初代会長に就任するなどこの分野の発展に多大なるこうけんをしました。

国際生態経済学会の会合にて

国際生態経済学会の会合にて

4. 幸せを測る新しい指標づくり

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ロバート・コスタンザ教授

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