2. マイクロプラスチック

気づき

博士課程の研究のために毎日海岸に通っていたトンプソンさんは、いつも海岸でゴミを見つけては拾っていました。ところがゴミを拾っても次の日になるとさらにゴミが増えています。こんなじょうきょうが続いたことで、彼はいったいこのゴミはどこから来ているのだろうと不思議に思いました。何年か後、トンプソンさんは、地元ボランティアに協力してもらい海岸のそうをしつつゴミのデータを集めてみることにしました。しかし、心配な事実がかび上がりました。最もたくさんあり問題となりそうなプラスチック片は、その小ささゆえに見落とされ、記録されていなかったのです。これに気づいたトンプソンさんは、学生たちに海岸で最も小さなプラスチックを見つけ出すように言いました。

学生たちの集めた海岸の砂のサンプルをけんきょうで調べたところ、これまで知られていなかった非常に小さなプラスチックの存在に気づき、そのきょうが広がっていることが明らかになりました。

マイクロプラスチック

約10年後の2004年に発表した論文は、しょうなプラスチックりゅうが目に見えないせん物として海にちくせきされていることを明らかにしました。この論文は世界的に有名な科学雑誌サイエンスにけいさいされ、トンプソンさんの予想をはるかにえる大きなはんきょうをもって迎えられ、彼の研究人生に大きな影響を与えました。

トンプソンさんはこれら5㎜以下のプラスチックをマイクロプラスチックと名付けました。そしてこの発見が後のギャロウェイさんやリンデキューさんとの出会いをもたらすことになります。

捨てられたプラスチック

ところで、砂つぶよりも小さいプラスチックはどのように生まれるのでしょう。それを知るためには捨てられたビニールぶくろのゆくえを想像してみるとよいでしょう。残念なことですがみなさんも川原などにビニール袋が捨てられていることを目にすることがあると思います。もしそんなビニール袋がだれにも拾われずに川に入ると、それらは流れに沿って川を下ります。川の先にあるのは海です。そこにはこのようにしてたどり着いたビニール袋や漁業用のロープの切れはしなどのプラスチックごみがたくさんあります。ときにそれらは海鳥やうみがめなどに餌とちがって食べられたり、体にからまったりすることで彼らの命をうばってしまうことがあります。海をただようプラスチックごみは、大きな波に洗われ、強い日差しを受けます。波や日差しにさらされ続けると、プラスチックごみはだんだんと小さくなっていきます。こうして海の中で小さなプラスチックが生まれるのです。

また、もともと小さいプラスチックが海に流れむこともあります。例えば、化学せんでできた衣服をせんたくしたときに出るプラスチックの繊維くずは、その多くが下水処理場で取り除かれますが、一部は川や海に流出します。

科学者として復帰

ギャロウェイさんは研究の仕事を一時中断した後、子育てをしながら学校で非常勤の仕事をしていました。そんなころあるパーティーで1978年にノーベル化学賞を受賞したピーター・ミッチェル博士と出会いました。ミッチェル博士と自分のキャリアなどについて話していく中で、子育て期間中、ミッチェル博士の研究機関でパートタイムの研究アシスタントとして働かせてもらうことになりました。このぐうぜんの出会いでギャロウェイさんの科学への情熱が再び燃え上がりました。

その後、非常勤講師としてプリマス大学で看護師に生物学を教える仕事に就いたギャロウェイさんは、1998年にさっちゅうざいの影響について研究していた博士課程の学生を指導したことで、生態毒性学の分野での仕事を始めました。生態毒性学とは、有害な汚染物質がかんきょうに与える生態学的影響を解き明かす学問です。ギャロウェイさんの研究の主な対象は、ないぶんかくらん物質と呼ばれる、環境に放出されると重大な生態毒性学的リスクをもたらす人工の化学物質です。こうした化学物質はプラスチックにもふくまれており生態系に非常に重大な影響を及ぼす可能性があります。特にプラスチックのはい後の行き先や海洋生物や水中生物に与える影響についてさらに深くり下げるため、ギャロウェイさんはプリマス大学のリチャード・トンプソン教授との共同研究を開始し、この共同研究が非常に高く評価され、2007年にエクセター大学の生態毒性学の教授になりました。

タマラ・ギャロウェイ教授は、ペネロープ・リンデキュー教授とナノプラスチックとマイクロプラスチックに関する会議で初めて出会いました。ギャロウェイ教授は生態毒性学の側面にしょうてんを当てていたのに対し、リンデキュー教授は動物プランクトンの専門家でした。同じねんを持っていたことと、学生を一緒に指導したことがその後の二人の実りある共同研究のきっかけとなりました。

海洋生物学の世界へ

バース大学をしゅうりょうしたリンデキューさんはプリマス海洋研究所の研究員になりました。そしてそこで今も専門分野として研究を続けている動物プランクトンの世界に足をみ入れることになります。動物プランクトンは地球上でもっとも個体数が多い動物であり、世界中の生態系で小さな動物プランクトンが果たす重要な役割にすぐに魅了されました。けんきょうで見える動物プランクトンの複雑な形態とわく的な美しさにもおどろきました。

初めは、動物プランクトンが環境の変化の中でどのように適応しているかについての研究に携わっていましたが、ある論文を目にしたことをきっかけに動物プランクトンとマイクロプラスチックの関係性に関心を抱くようになりました。その論文こそ、2004年にリチャード・トンプソン教授が海洋のマイクロプラスチック汚染を警告した論文でした。この論文でマイクロプラスチックについて知り、生態系のつながりに不可欠な存在である動物プランクトンに対し、目に見えないほど小さなプラスチックが与える影響を研究したいと強く思ったのでした。

2013年ギャロウェイさんとリンデキューさんの研究チームが、世界で初めて、マイクロプラスチックが動物プランクトンによって誤ってせっしゅされ、その影響を受けていることを論文で発表しました。

緑色のものがけいこう染料で目印をつけたマイクロプラスチックで、動物プランクトンの体に取りまれていることがわかります。

マイクロプラスチック

プラスチックを摂取した動物プランクトン
出典:Env. Sci. Technology, 47 (2013) 2053

動物プランクトンが食べ物と間違ってマイクロプラスチックを摂取すると、プラスチックでお腹がいっぱいになって本当の食べ物を食べる量が減ってしまいます。そして本当の食べ物を食べずに栄養不足になった動物プランクトンは生存能力が低下してしまいます。また、マイクロプラスチックにはてんざいや吸着した有害化学物質が含まれているので、せいしょくへの悪影響がねんされます。問題は動物プランクトンの世界だけにとどまりません。彼らを食べる小魚などのたくさんの生物、そしてその小魚などを食べる大型魚やイルカなどの生物、さらにその先の人間へとマイクロプラスチックによる汚染は生態系のなかで広がりつつあります。

3. 解決に向けた取り組み

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トンプソン教授、ギャロウェイ教授、リンデキュー教授

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