4. 前に進むために

世界でえいきょう力のある人との対話

2004年ラマナサンさんは、インド洋実験をいっしょに行ったパウル・クルッツェン博士のすいせんで、ローマ教皇庁科学アカデミーのメンバーとなります。このアカデミーは、ローマ・カトリック教会が設置しているもので、こくせき、政治的立場、宗教的立場による影響を受けずに選ばれたメンバーが、科学的な情報を教会のみならず広く世界に発信しています。
アカデミーのメンバーとなり様々な会議に参加する中で、ラマナサンさんはこの教会団体が、社会のまとめ役として気候問題やかんきょう問題に対して変化をもたらす可能性を秘めていることに気づき、ある会議をかくします。

ローマ教皇庁には科学アカデミーとは別に、社会科学アカデミーというものもありますが、かれはその両方のアカデミーに対して「持続可能性」をテーマとした会議を共同かいさいするよううながしました。そして、科学アカデミーのテーマを「持続可能な自然」、社会科学アカデミーのテーマを「持続可能な人間」とし、それに「私たちの責任」という言葉を加えて、会議全体のテーマとしました。この提案は教会と法王に認められ、2014年の5月、30人の様々な分野のリーダーを集めて会議は開催されました。
この会議の画期的な所は、「私たちの責任」というテーマにあります。それまで、科学の論文では「私たちの責任」という言葉が入ったものはひとつもありませんでした。ラマナサンさんはこのテーマで、大気せんによる気候問題において「だれが原因を作り出しているのかをはっきりさせよう」と考えたのです。

ラマナサンさんは会議で、データや理論に基づき、地球温暖化は主に上位10億人のゆう層に責任があること、最貧困層の30億人が気候にあたえる影響は5%以下であることを示し、地球温暖化の主な原因は富裕層によるじょう消費であると説きました。そして「人間はたがいへの態度や自然への態度を根本的に変えなければならない」という結論に達して会議は幕を閉じました。

2015年、パリでの COP21 にローマ教皇庁派遣団顧問として参加

2015年、パリでのCOP21 に
ローマ教皇庁けん団科学もんとして参加

その際、法王から何か自分にできることはないかと問われたラマナサンさんは、「法王はカトリック教会のわくえて、世界の道徳的指導者ですので、スピーチをされる際に、地球の良き管理者となるように人々におっしゃってください」と答えました。

こうしてラマナサンさんは、科学と宗教が気候変動に共同で取り組み、気候変動が道徳的課題としても受け入れられることのを築きました。進化や遺伝子についての考え方など、科学と宗教は争う部分もありますが、自然を保護しなければならないことはすべての宗教が伝えていることです。私たちは自然のめぐみをきょうじゅしていますが、だからといってむやみやたらに消費するべきではありません。

ローマ法王 フランシスコ1世と

ローマ法王 フランシスコ1世と

宗教指導者は、人類が今後何千年にもわたる気候変動の悪影響に対峙するために、科学者や政治家にはできない道徳的な教えを説くことができるのです。

ラマナサンさんはあるイベントをきっかけにチベット仏教の指導者であるダライ・ラマ14世とも関わり合いをもつことができました。ダライ・ラマ14世は「国を超えた思いやりの心こそが気候変動問題の解決の道である」と語っています。そしてラマナサンさんの進言に基づき、2017年カリフォルニア大学サンディエゴ校での演説の際には地球温暖化にもげんきゅうしています。

2012年、ダライ・ラマ14世との対話

2012年、ダライ・ラマ14世との対話

他にもヒンドゥー教の指導者と話をするなど、ラマナサンさんは気候変動解決のために、宗教関係者を巻きんだ精力的な活動も行なっています。

研究からじっせん

2004年に60さいむかえたラマナサンさんは、気候問題を実際に解決する活動に集中することを決意します。それには4つのきっかけがありました。一つ目は、自分がこれまでに行って来た仕事をり返った時、いくつもの大きな研究成果を上げて来たとはいえ、結局は地球で起こっていることに対してある意味いっかんしてネガティブな情報を伝えてきただけであったと感じたこと。二つ目は、インド洋実験の際に自分の生まれ故郷が大規模なかっしょく雲に覆われているのを目の当たりにしたこと。三つ目は、ローマ教皇庁科学アカデミーの会員になり、かんきょう問題の解決をえんするようらいされたこと。そして四つ目は、国連総会で世界中から集まった高校生たちにインドの褐色雲の話をした時、エチオピアの女子高生から「あなたの話になみだがでました。その解決のためにあなたがしていることを教えて下さい」という質問に対して、何も答えることができず大きなショックを受けたことでした。

こうした出来事が重なる中、「科学を追求するだけではもはや不十分であり、研究を実際の問題解決につなげなければならない」とラマナサンさんは強く思うようになりました。
早速ラマナサンさんは、むすめさんと共にインドの村で大気をよごさない調理法を提供するスーリアプロジェクトを始めます。小さな一歩ですが解決に向けた行動を始めたのです。かれにとってその後の人生を変える経験でした。

スーリアプロジェクト

スーリアプロジェクト

プロジェクト・スーリア

ラマナサンさんには、2023年にけっこん50年をむかえるおくさんがいます。二人ともチェンナイ出身で、お見合いけっこんでした。奥さんによると、ラマナサンさんは目標に向かってとっしんしていくタイプで、常に仕事を一番優先してきました。しかし、だからと言って家族をないがしろにしていたわけではありません。たとえ世界中をめぐり、実験でいそがしくても、自分と奥さんの誕生日、そして記念日には必ず家に帰ってきました。

奥様のギリさんと

奥様のギリさんと

また、今自分がどんな研究をしているのか、何故出張に行かなければならないのか、夜にどうして仕事をしているのかを必ず奥さんに説明し、奥さんが不安と疑問を持たないよう二人で理解し合える関係を築いてきたそうです。

奥さんはラマナサンさんのことを、「常にちょうせんし、決して満足しない人です。どんな賞をもらってもどんな著名な科学誌に論文がけいさいされても、それは彼にとって重要なことではありません。彼の目は常に目標に向かっています。今彼は地球温暖化の原因となっている物質を減らして、その結果、みなが苦しまないような世界にしたいという思いにき動かされています」と語っています。

2017年、家族写真

2017年、家族写真

みんなで取り組もう

世界には、気候変動の問題に人類は関わりがないと思っている人がまだ大勢います。また、自分にはどうすることもできないと思っている人もたくさんいます。まず大切なことは責任を感じることだとラマナサンさんは言います。自分自身に責任があることに気づけば、自分を変えることは可能だと。自分がガソリン車を運転することでアフリカやインドの人をホームレスにする可能性がある、自分の行いによって自分のまだ見ぬひ孫の世代の住む場所がなくなるかもしれない、そういう責任意識を持つことで少しずつ自分を変えることができるのではないかということです。

地球温暖化のスピードをゆるめるために何をすれば良いのでしょうか。それはみなが自然に対する態度を変えることです。それには三つ大切なことがあります。一つは、子どもたちを教育することです。全ての人が自然には限りがあることを学校で学ばなければなりません。大学でもかんきょうに関する科目を取得しない限り卒業できないようにするべきです。二つ目は、宗教の力を借りて環境問題に取り組むこと。そしてもう一つは、個々人が、身近な友人や親族やご近所さんに環境問題について教えることです。こうした行動がやがて社会を変えます。それこそが気候問題を解決する最も重要な柱であり、ラマナサンさんの切なる願いなのです。

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ヴィーラバドラン・ラマナサン教授

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