2. 持続可能な開発を実現するための原理

世界銀行とスリランカ政府での仕事

ムナシンゲさんの人生のぶん点となったのは世界銀行に入ったことでした。計量経済研究所に所属しながらコンコーディア大学で経済学を学んでいたムナシンゲさんに世界銀行が若手の専門職員をしゅうしていることを教えてくれたのは、以前ムナシンゲさんに経済学を学ぶことをすすめてくれたイナガキ教授でした。世界銀行におうし、厳しい選考を通過して世界銀行から招かれたムナシンゲさんは、1975年に世界銀行のあるワシントンDCに出発しました。以降、ムナシンゲさんは技術者でも物理学者でもなく、開発じょう国のために働く道を本格的に歩むようになったのです。

ムナシンゲさんの物理学の恩師であるアブダス・サラム博士 は、物理学者ではなく開発経済学者として貧困と開発の問題に取り組むつもりだとムナシンゲさんから聞かされたとき、その決意を尊重し、「物理学にとってなんて大きな損失だろう!」とだけ言いました。それはムナシンゲさんへの最大級の賛辞でした。

1977年、31歳

1977年、31さい

1979年、34歳 家族写真

1979年、34歳 家族写真

世界銀行で働き始めてから5年後、ムナシンゲさんにおどろくようならいがありました。それは母国スリランカの当時の大統領、ジェニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏からの依頼で、スリランカ政府の上級エネルギーもんになってほしいというのです。これはスリランカの政策決定に関わる重要な役職で、当時まだ35歳だったムナシンゲさんにとって大変めいなことでした。

1983年、37歳

1983年、37歳 ジャヤワルダナスリランカ大統領と

世界銀行を休職し、1982~1987年までの5年間、ジャヤワルダナ大統領の元で母国の発展のためにじんりょくしたムナシンゲさんは、エネルギー、開発、貧困ぼくめつの道に進みたい気持ちをいっそう強めました。政府での働きを認められたムナシンゲさんは大統領から政治家になる気はないかとさそわれるまでになりましたが、ムナシンゲさんは自分には裏方として政策の決定やじったずさわるほうが向いていると考え、1988年に世界銀行にもどりました。

1984年、37歳

1984年、37歳 英マーガレット・サッチャー首相と
(写真に署名入り)

1986年、41歳

1986年、41歳 おくさんと

その後、ムナシンゲさんはかんきょうと気候変動に強い関心を持つようになりました。1990年には世界銀行の環境政策チーフとしてIPCC(気候変動に関する政府間パネル)と仕事をするようになり、IPCCの取り組みに経済学や社会科学などさまざまな分野の知見を取り入れたり、開発じょう国の専門家を招いたりと大きくこうけんし、やがて持続可能な開発と気候変動を一つの問題としてとらえる取り組みをとうかつするようになりました。
そして1992年、地球サミットで、ムナシンゲさんは世界にとって大変重要な発表をすることになります。

サステノミクスの背景

ムナシンゲさんが地球サミットで発表したのは、持続可能な開発のための新たなわくみ「サステノミクス」の考え方です。ムナシンゲさんをサステノミクスに導いたのは、資源の限界、不平等、貧困という世界的問題のつながりの中にある矛盾でした。

①人間が地球にかけている負荷の増大

人間の活動によって資源の消費は増大しています。1年間で地球が再生可能な資源の量を地球1個分の資源とすると、現在、人間は毎年1.7個分の地球の資源を使っているじょうきょうにあります。2030年には、私たちが現在と同じような生活をいじするためには地球2個分の資源が必要になると考えられています。

ゆう層(先進国の人々)のじょう消費

これほど資源を消費しているのはだれでしょう。富裕層(先進国の人々)です。世界の20%の富裕層(先進国の人々)が地球の資源の85%を消費しています。一人当たり貧困層(貧しい人々)の消費量の実に約60倍です。

次の図はこの不平等な状況を絵にしたもので、ムナシンゲさんはその形から「シャンペングラス」と呼んでいます。富裕層(先進国の人々)が資源を消費しすぎることで、貧困層を助ける資源は残らなくなってしまうのです。

不平等な状況を絵にしたもの

③人間が何も進められなかったこと

人類がこれまでに貧困ぼくめつに成功したことは一度もありません。1948年に国連で世界人権宣言さいたくされましたが、その際になされた多くの約束がこれまで守られてきませんでした。
今日、SDGs(持続可能な開発目標)では17の目標がかかげられていますが、その中身は、どれも70年以上前の世界人権宣言にふくまれているものだとムナシンゲさんはいいます。私たちはそれから今に至るまで何も進めてこられなかったということになります。

一言でいえば「世界は持続可能でなかった」ということで、それが一番の課題だとムナシンゲさんは考えています。ムナシンゲさんはこうした問題をこくふくするための方法としてサステノミクスを考え出したのです。

サステノミクスの4つの原理

ではサステノミクスの考え方を使ってどのように問題をこくふくし、開発を持続可能なものにできるのでしょう。ムナシンゲさんによればサステノミクスには4つの原理があります。

①サステノミクスの三角形(経済・かんきょう・社会の調和)

下の図は「サステノミクスの三角形」といって、経済・環境・社会という3つの観点を示しています。開発を持続可能なものにするためには、この3つを考えることが不可欠です。例えば何十億人もの人々を貧困から救い出すためには経済的なはんえいが必要です。しかし経済的な繁栄のだいしょうとして環境をかいしては意味がないため、気候変動対策や資源の保護など、環境を守ることも必要です。そして、貧困や不平等がせいされるよう、よりよい社会にしていくことも必要です。このように、経済・環境・社会という3つの調和を保つことが重要です。

サステノミクスの三角形

②自主的に行動すること

私たち一人ひとりが、だれかの指示を待つのではなく自分で考えて動くことが重要です。このままではいけないということはわかりますよね。そして、何をしなければならないかもわかっています。こまめに電気を消す、水を出しっぱなしにしない、緑の回復のため木を植えるなど……持続可能な社会にこうけんする方法はたくさんあって、誰にでもできます。それを学校で、会社で、町で、国でやれば、大きな力となるでしょう。

かべを乗りえること

私たちの心の中には4つの壁があります。しかしこれらの壁は一人ひとりの心の持ちようによって乗り越えることができます。
1つ目は自分の中の壁です。自分のせまい視野や欲望や利己的な考えからはなれて、よりりん的な価値観を持つ必要があります。
2つ目は人との間の壁です。みんなで協力し合わなければ多くを成しげることはできません。特に市民や経済界は政府を助けなければなりません。
3つ目は空間的な壁です。自宅や近所などの狭いはんではなく、町として、国として、世界全体として考える必要があります。
4つ目は時間の壁です。私たちはだん、今日明日やせいぜい来月のことくらいしか考えていませんが、もっと未来……来年、10年後、100年後のことを考える必要があります。

④とにかく実行

最後の原理はシンプルです。「もう議論だけではだめです」とムナシンゲさんはいいます。とにかく解決策を実行していくこと、これが問題解決の最後のカギなのです。

3. 豊かな国と貧しい国の異なる道筋

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モハン・ムナシンゲ教授

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