3. 災害データベース「EM-DAT」

1988年、グハ=サピールさんは世界中の大規模災害に関するデータベース、EM-DAT(Emergency Events Database)を創設しました。EM-DATの主な目的は、災害時における救助やえんじょといった人道的行動をえんするため、災害の影響に関する信頼性の高いデータを提供することでした。

当初は多くの批判に直面しました。世界中から全ての自然災害に関するデータを集めることなど不可能だ、できたとしてもまともなデータなど集められないし誰も利用しないといった批判です。災害対応のボランティアの人たちからは、人命救助を最優先とすべき場で、科学は二の次だと非難されたこともありました。それでも、グハ=サピールさんはどうりょうのクローディンさんとともに、信頼度の高いデータを提供するため情報収集と分析に努め、とうとうEM-DATのデータ公開にこぎつけました。

公開して以降、EM-DATのユーザーは世界中で急激に増えていきました。使用者は学生から国連機関、きゅうえん機関、各国の軍隊まで、にわたっていました。災害データ収集のための人材が限られている国にとって、無料で自由にアクセスできるEM-DATはとても価値のあるものでした。世界中の学生たちも研究や論文を書くためにEM-DATをよく使いました。8年間の試行さくの末、グハ=サピールさんはようやく自分たちが何か大きなことを成しげられたと感じたそうです。

EM-DAT

EM-DAT

EM-DAT

EM-DATのしくみ

EM-DATは、1900年以降に発生した大規模な自然災害を収録したデータベースで、2023年現在、世界184カ国をカバーしています。

まず、災害が起こると、どこでどんな災害が起きたのか、第一報がAFPやAP通信、ロイターなどの大手通信社から入ります。

続いて、赤十字、国連機関、保険会社、国境なき医師団、国際連合人道問題調整事務所(OCHA: United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs)、NGO、市民団体など、様々な機関や団体から情報が届きます。それらの情報を精査し、データをこうしんしていきます。災害が発生した直後は情報の出どころによって数値が異なったりしますが、数週間ほど経つと差異はなくなっていきます。

そして、経験を積んだ専門家の知見と国連機関、赤十字、政府から提供される最終的な数値を元に、せいなデータベースが出来上がります。その後も、情報をフォローアップし、データの精度を高めるしくみもあります。

こうしてさまざまな情報源から得たデータを細心の注意をはらってそうに照合し、整合性と信頼性を確保しています。

災害の分類

EM-DATは災害を「自然災害」と「技術的な災害」の2つの大きなカテゴリーに分けています。技術的な災害とは、橋のほうかいせんぱく事故、大型トラックの事故などです。そして、ひとつの災害を、災害の物理的特徴(規模や度合い)、人的影響(死者、負傷者、家を失った人の数など)、経済的影響(どのような産業がどのような被害を受けたか)の3つの要素でまとめています。

例えば、自然災害の場合、どのような種類なのか、さらに水害であれば、河川のはんらんてっぽう水、高潮、なみというように災害の種類を詳細に分類していきます。また、その災害が起こった年月日や国や地域もデータ化します。そうすることによって、災害の規模、種類、起こった地域、時期など、様々な分類によりけんさくし、そのデータを自由にダウンロードして使えるようになっています。

具体的には、データを収集する対象となるのは、次の4つのいずれかにがいとうする自然災害です。

  • 1. 死者が10人以上
  • 2. さい者が100人以上
  • 3. 非常事態宣言の発令
  • 4. 国際救援のようせい

また自然災害は、以下の6種類に分類されます。

  • 水関連災害(洪水、地すべりなど)
  • 気象災害(あらしきょくたんな気温、きりなど)
  • 気候災害(干ばつ、山火事など)
  • 地球物理学的災害(地震、火山ふんなど)
  • 生物災害(感染症、害虫など)
  • 地球外からの災害(いんせき、宇宙天気など)

EM-DATから読み取れるここ20年の自然災害の状況について、重要なポイントが二つあるとグハ=サピールさんは言います。

一つは水関連災害、気象災害、気候災害など、気候に関連する災害の災害全体にめる割合の急増です。グハ=サピールさんによれば、世界で起こる全自然災害のほぼ半数、43%が洪水、その次が約30%の暴風で、自然災害全体の約70%が洪水と暴風で占められています。その次は地震が8%、そして熱波や寒波などの異常気温が6%(ただしもっと多い可能性あり)、すべりや干ばつが5%となっています。そして、2023年現在、直近の8年間の全災害のうち約90%が気候関連災害です。世界全体で見た時に、こうした気候関連災害が地震や火山噴火などの災害よりもあっとう的に多くなっていることをEM-DATのデータは示しています。

もう一つは、以前と比べて各災害の深刻さが明らかに増していることです。一つひとつの自然災害の被害規模が大きくなり、より多くの人々に影響を与えているのです。これは危険地域における人口密度が高まっているからだろうとグハ=サピールさんは考えています。気候災害は、直接的な被害をもたらすだけではなく、一家のかせぎ手や子どもたちを育てる親が亡くなったり、環境かいによる衛生環境の悪化や害虫の増加が病気のまん延をもたらしたりすることで、貧困化の要因にもなり得ます。

これら一連の変化は、地球温暖化による気候変動がもたらしたものだとグハ=サピールさんも考えています。

EM-DATの活用

EM-DATは今日、災害データベースとして科学的に信頼性が高いものと認められ、世界中で広く認知され、活用されています。国連機関の研究部門や世界保健機構、大学の研究者たちは、EM-DATのデータを分析のばんとして用いています。また、非政府組織や活動家が政策提言作成のために利用することもあります。さらに、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や世界銀行によるグローバルレポートの作成においても重要な役割を果たしています。

EM-DATの具体的な活用例を二つご紹介しましょう。世界気象機関(WMO)は、EM-DATの災害データに基づき、1970年から2019年までの気象、気候、および水に関連する災害の状況をまとめた報告書を出しています。例えば、10年ごとの災害別の死者数のグラフを見ると、1970年代から1980年代にかけては干ばつでの死者が多くみられますが、1990年代に入ってからは大きく減り、2000年代に入ってからは極端な気温(熱波など)での死者が増えてきている、といった変化がわかります。

10年ごとの災害別の死者数のグラフ

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出典:World Meteorological Organization. (2021). Figure 4. Distribution of (a) number of disasters, (b) number of deaths and (c) economic losses by hazard type by decade globally. "WMO ATLAS OF MORTALITY AND ECONOMIC LOSSES FROM WEATHER, CLIMATE AND WATER EXTREMES (1970–2019)."をもとに旭硝子財団で日本語化

また、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の報告書でも、EM-DATをはじめとする各種のデータベースの情報に基づき、災害の状況をまとめています。例えば、2019年に災害で影響を受けた人数および死亡した人数の分布図を見ると、アフリカや南アジアなどの開発じょう国で死者が多いことがすぐにわかります。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の報告書の災害の状況

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出典:International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies. (2020). Figure 2.29: Number of people affected and killed by disasters in 2019. "WORLD DISASTERS REPORT 2020 COME HEAT OR HIGH WATER."

グハ=サピールさんは、データの利用にあたって大切なことを見落とさないよう注意する必要があることもてきしています。例えば、ある災害の経済的な損失が大きいほど、その災害も大きいように見てしまいがちですが、経済的な損失として記録されるのは金銭的価値を持つものだけであり、人間が亡くなったり障害が残ったりといった損失は記録されません。アフリカで起こる災害のうち90%近くはその経済的損失が大きくないので記録されないなど、国と国の貧富の差が被害の大きさの評価に影響し、実際の状況とは大きく異なった認識をしてしまうことがあるのです。

また、世界全体では洪水による被災者数が減っているように見えても、アフリカだけ見ると被災者数が増えているなど、世界全体のデータだけで物事を判断すると特定の地域の状況を見落としてしまう危険性もあります。

このような問題に対処するため、これまではデータを国や国際機関などが提供する情報を元に検証・蓄積してきましたが、今後は衛星を利用して生のデータの直接収集を目指すなど、グハ=サピールさんたちはすでに次の計画に着手しています。

4. 災害対策のこれから

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デバラティ・グハ=サピール教授

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