4. 見えざる水「グリーンウォーター」

アフリカの食料生産を救う目に見えない水とは?

ところで、みなさんが水と聞いて想像するのは、じゃぐちをひねると出てくるような、あるいは川を流れているような、いわゆる目に見える水だと思います。ファルケンマーク指標はそういう目に見える水の過不足を示すものでしたが、ファルケンマーク教授の関心は次第に目に見えない水に向けられるようになっていきました。目に見えない水とはいったいどういうものでしょうか?

人間は水をあらゆることに使います。日々の生活はもちろん、産業、そして食料生産のための農業にも必要です。 ファルケンマーク教授は、じょう国、特にアフリカの水問題についてずっと熱心に取り組んできました。やがて、アフリカの水問題の中でも特に、水不足がもたらす食料生産へのえいきょうを考えるようになりました。
アフリカは1960年以降、特に人口増加がけんちょな地域です。また、アフリカはとてもかんそうした大陸で、その人口を養うのに十分な水が河川に流れているとはいえません。農作物を作ろうにも、川からはなれた場所では、川の水を引いて農作物を作る「かんがい(かんがい)」はできません。アフリカで人々に食料を提供し続けるには、どうすればいいのでしょうか。

ファルケンマーク教授はいくつかのデータを調べていたとき、アフリカ各地の水不足のじょうきょうには地域的なとくちょうがあると気づきました。それは、アフリカの水不足は、コンゴなどの熱帯雨林地域ではなく、周囲のサバンナ地域で起きているということでした。
ここで、教授が作った5つの地図をごしょうかいしましょう。それぞれアフリカの食料生産や水不足に関する5つの別々の問題について、深刻さの度合いを国や地域ごとに示したものです。

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なんだか5つともぬりけのパターンが似ていると思いませんか?ファルケンマーク教授はこれらの地図を作る中で、ある問題が深刻な地域は、その他の問題も深刻であることを発見したのです。

そしてファルケンマーク教授は、このような問題を解決するカギは、土にふくまれる水分ではないかと考えました。地上に降った雨水は、地表面を流れて川に流れみ、河川水になる場合もありますし、土にしんとうする場合もあります。教授が注目したのは、食料として畑で生産される農作物、すなわち植物が利用するのは、土に浸透した水だということです。
農作物は川の中に生えているわけではありません。植物は根から土に含まれる水分を吸収します。水分はくきを通って上に登っていきます。そして葉のこうが光合成に必要な二酸化炭素を取り込むときに、その水分は大気中に放出されます(蒸散)。このように、植物の営みには土の中の水が不可欠です。

ファルケンマーク教授は、このような植物が利用する土の中の水を「グリーンウォーター」と呼ぶことにしました。また、河川水や地下水など、かんがいの元となる水を「ブルーウォーター」と呼ぶことにしました。

ブルーウォーターとグリーンウォーター

ブルーウォーターとグリーンウォーター

教授は、アフリカなどのかんそう地域における食料生産においては、水をブルーウォーターとグリーンウォーターに分けて考え、グリーンウォーターに目を向けることこそが重要だと考えました。アフリカでは、人間に必要な水のうち、生活用水や工業用水はブルーウォーターでまかない、農業用水、つまり食料生産に使う水はグリーンウォーターでまかなうという、今までとは別の考え方が必要になると考えているのです。

1993年、ファルケンマーク教授は国連しょくりょう農業機関(FAO)の会議でグリーンウォーターについて提唱し、高く評価されました。
教授は、グリーンウォーターはもっと重視されるべきだと思っています。植物の生産に豊かな土が大切なのは言うまでもありませんが、かつてはじょうよく性について語られるときは土の中の栄養分についてしかれられず、その栄養分を根から取り入れるために必要な水について触れられることはありませんでした。今でもこのじょうきょうはあまり変わっていません。

アフリカでは、雨水は30%ほどしか活用されておらず、残りの70%はまだそのまま手つかずとなっています。この70%を雨季に貯水することができれば、かんにはそれを使うことができ、食料生産量の向上が期待できます。こういったことを実現するには、今後、水の供給方法や貯水技術を発展させていく必要があるでしょう。

ヴィクトリアの滝にて(1990年代)

ヴィクトリアのたきにて(1990年代)

SDGsとグリーンウォーター

2015年に国連サミットでさいたくされた世界の目標、持続可能な開発目標(SDGs)では、17の目標のうちの目標2「をゼロに」の中で、「食料の安定供給と持続的な農業の推進」を目指すことが書かれています。

2017年には、国連は17の目標を3段階に分けた「SDGsウェディングケーキモデル」と呼ばれる図を示しました。この図で一番下のばんとして位置付けられたのが、水、気候変動、陸、海に関する4つの目標、すなわち自然資本に関する目標でした。持続可能な開発を目指すための他の全ての目標は、自然資本という基盤がなくては成り立たないものだとされたのです。

SDGsウェディングケーキモデル

SDGsウェディングケーキモデル
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ファルケンマーク教授が現在所属しているストックホルム国際水研究所は、毎年8月に一週間、「世界水週間」をかいさいしています。そこで行われるイベントの中に、教授の名前をかんした「ファルケンマークシンポジウム」があります。
教授はこのシンポジウムを通じて、SDGsの最大の目標「をゼロに」は穀物生産によってもたらされること、それにはグリーンウォーターの活用が不可欠であることを訴え、世界の人々のえんを呼びかけています。

水は全ての起源

ファルケンマーク教授は現在、生態系における水の役割に関する研究に精力的に取り組んでいます。これまで、樹木や植物など陸上の生態系における水の役割はほとんど注目されていませんでした。
教授は取り組みのひとつとして、SDGsの目標6「安全な水とトイレを世界中に」にグリーンウォーターのがいねんが取り入れられるよう働きかけているところです。これは、安全で衛生的な水が利用できることに加え、山地、森林、湿しっなど水に関する生態系の保護・回復を行うことを目指す目標です。教授の水への情熱は今なおきることがありません。

現在のファルケンマーク教授の楽しみは、週末、こうがいで孫たちと過ごすことです。そんな教授が今、期待しているのは、次世代を担う子どもたちです。教授は、世界中の学校が、もっときちんと水のことを教えるようになってほしいと思っています。
子どもたち、特に小さな子どもたちはみんな水遊びが大好きですよね。でも、大人はそんな気持ちを忘れてしまっています。水に関心がある子どものうちに、水が全ての起源であることを学んでほしいというのが、教授の願いです。

受賞者記念講演会
総合監修
安井至(国際連合大学元副学長/東京大学名誉教授)監修のことば
コンテンツ監修
沖大幹(国際連合大学上級副学長、国際連合事務次長補)
※所属は公開当時のもの

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マリン・ファルケンマーク教授

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