かんしゅうのことば

-2018年(第27回)ブループラネット賞受賞者にせて-

2018年(第27回)のブループラネット賞は、オーストラリアのブライアン・ウォーカー教授と、スウェーデンのマリン・ファルケンマーク教授が受賞されました。
いつもの年ですと、受賞者お二人の専門がかなり異なるケースが多いのですが、今回のお二人は、厳密に言えば、それぞれ植物生態系と水文学・水理学ですので、確かに異なっているのですが、その根底に流れている思想は、いずれも、「いかにすれば、地球上の生命(生態系)をできるか」、という言葉で表現できるものと考えています。


ブライアン・ウォーカー教授は、アフリカのローデシア(今のジンバブエ)で生まれ、いっかんして、「植物の生態系がどのように持続しているか」、を研究されました。英語では植物生態系のレジリエンスに関する研究と表現すべきか、と考えます。


ファルケンマーク教授は、生態系の、すなわち、レジリエンスにとって、最重要要素である水について研究され、そのための指標などを提案された業績が評価されました。
同教授が所属されている、ストックホルム・レジリエンス・センターは、地球がどこまで持続できるのか、などについて、非常に重要な考察を続けている組織です。SDGsの17のゴールを整理して、「SDGsのウェディングケーキモデル」というものを提案したことで有名な研究所です。このURLをアクセスしていただけると、その図がけいさいされています。
https://www.stockholmresilience.org/


この図を若干説明しますと、4段重ねのウェディングケーキの頂上には、パートナーシップ、すなわち、しんろうと新婦の人形があり、その下に「経済」のカステラ層があり、そして、その下には「社会」の層が、もっとも下部には、「せいぶつけん」の層があります。この最下層は、陸上生態系、水圏生態系、水と衛生、そして、気候変動から構成されています。その意味するところは、非常に簡単にしてしまえば、陸上生態系、水圏生態系、そして、水と衛生の、さらに気候変動の防止が出来ない限り、人類の経済活動も実行不可能になり、良好な生活を可能にする社会も成立しない状態になる、ということです。
極めて簡単な図でありながら、現在の地球のじょうきょうにおけるもっとも重要ながいねん、すなわち「持続可能なための条件」を、極めて明確に示している図であると考えています。


そして、このようながいねんの重要性を証明していると思われることが、このところいくつも起きております。
2018年7月に、カナダ・ケベック州で行われたG7シャルルボアサミットにおいて、海洋憲章というものが提案され、残念ながら、日本と米国はサインをしませんでしたが、これも、ウェディングケーキモデルといっした考え方です。
同様のインパクトをあたえたのが、ほぼ同時期に広まった、ウミガメの鼻にさったストローのビデオでした。スターバックス・マクドナルドなどの米国系ぎょうは、非常にびんかんに反応し、材質をプラスチックから紙に切りえるなどの方針を発表しました。


ところが、日本の国内は、どうも、地球レベルの情勢に対して感度がにぶいのです。海外などのじょうきょうながめつつ、なぜ、国内の感度が低いのかを考えると、ほぼ、次のような結論になります。おうべい諸国の基本思想は、上述のウェディングケーキのようなモデルで表現できているけれど、日本国内のかんきょうに対する基本思想は何か、と問われると、少なくとも、世界から3週おくれぐらいが実情で、「環境の重要性がしっかりと認識されていない」のではないか、と思えるのです。その一つの例として、パリ協定を考えれば、その基本思想は、序文に明確に書かれているように、「気候正義」です。ところが、日本に入ってくると、その根本思想がどこかにうんさんしょうしてしまいます。もう一つの動向ですが、このところSDGsをじっしようとするぎょうがかなりいっぱんてきになりましたが、世界的な取組の最終目的は、実は、”Transforming our World(我々の世界を変革する)”であることを理解している企業は、極めて少ないと思います。


プラスチック問題は、生態系のかいつながりかねないので、人間生存の根源に存在する問題なのです。使用済みのプラスチックは、これまでは中国に輸出されていましたが、現時点では、輸入禁止が取られて止まっています。他のアジアの国々も、輸入禁止の方向性です。しかし、日本国内で、これらの問題を議論すると、なかなか共通の結論にとうたつすることが難しいのです。


それはなぜなのでしょう。日本社会を支配している原理が「正義」ではないことは明らかです。日本は「正義」で失敗した歴史を持っているからかもしれません。それなら、支配原理・支配原則は何か、と問われると、それは、おそらく「利便性」・「効率性」という言葉ではないか、と思われます。「人類の利便性こそが、ビジネスの基本である、と思っている国、それが日本」と言う訳です。「人類の」という形容詞を付けたのは、人類以外の生命に、利便性という言葉は当てはまらないからです。


パリ協定以来、世界は、本格的な地球かんきょうの時代に入りました。そして、ビジネスが地球環境と直結しました。ところが、そのような意識は、日本国内ではまだまだはくです。


いろいろなじょうきょうを考え合わせると、今回のブループラネット賞の選考結果は、日本社会に対して、んさ委員会がきつけた剣、すなわち、「そろそろ、日本でも、かんきょう思想とはなにか、そして、そのあり方を根底から再構築するべき」、というメッセージだったとかいしゃくすべきなのかもしれません。


やす いたる Itaru Yasui
国際連合大学元副学長
東京大学めい教授


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