2. 人間が活動している場所にも自然はある

農場にいたたくさんの野鳥

教授が長年、研究きょてんとしてきたコスタリカは、小さい国土ながらその40%が熱帯林におおわれ、地球上のすべての生物種の5%もが生息するといわれる生物多様性の宝庫です。かんきょう保全の先進国としても知られ、国土のおよそ4分の1が自然保護区に指定されています。かつて開発による環境かいが著しく進んでいたこともありましたが、コスタリカの人々は失われつつあるものの大きさに気づき、自然を守る方向に転じたのです。この美しく豊かな自然にりょうされて、国内外の多くの人々がエコツーリズムに参加しにやってきます。コスタリカの自然は、今では国にとって重要な観光収入源でもあるのです。

手つかずの大自然が残されている場所は、もう地球でもわずかしか残っていません。この国で調査を始めたデイリー教授は、そのような手つかずの自然を何としても守りくことが最優先だと考えていました。

コスタリカの研究拠点

コスタリカの研究きょてん

しかし、1995年にちょっとした事件が起きました。
教授はその時、コスタリカの農場や牧草地の間に残された熱帯雨林でハチドリの研究をしようとしていて、そのために砂糖水を入れたえさばこを100個も設置していました。ところがその砂糖水にアフリカミツバチという危険なハチが集まってしまったのです。されたら人間でも死んでしまうほどのおそろしいハチです。
「なんて危ないことをしてくれるんだ!」近くの農場の人たちはそれを知ってカンカンにおこってしまいました。こうなったら実験は中止するしかありません。

さて、やることがなくなってしまいました。何か代わりの調査を考えなければいけません。教授はここで「森林じゃなくて農場で鳥を観察してみたらどうかしら?」と思いつきました。いつもは、木の生いしげった森林で葉っぱのかげかくれていたり高いところにいたりする鳥たちの姿を見つけるのはとても難しいことで、声でどんな鳥がいるか判断するしかないのですが、農場ならもっと見晴らしがきくので鳥の姿も見つけやすいかもしれないと考えたのです。

そこで農場に行ってみると……想像以上にたくさんの種類の鳥たちがいました。熱帯雨林の色あざやかな鳥、オウギタイランチョウも農場で見ることができました。
教授はたいそうおどろき、そして思ったのです。「鳥たちにとっては農場も大事な生活の場所だったんだわ。森林だけを見ていたら、わからないことがあるのかもしれない。」

コスタリカの農場のオウギタイランチョウ

コスタリカの農場のオウギタイランチョウ

「島の生物地理学の理論」と実際の自然

デイリー教授がベースとしてきた研究に「島の生物地理学の理論」というものがあります。自然はあまりに広大で複雑なので、「調査」だけでわかることは限られています。そのため、自然を理解するには「理論」によって自然の法則を解き明かすことも重要です。島の生物地理学の理論は、かくされた自然である「島」の生態系を想定し、「ある『島』に住む生物の種類の数はその『島』に入ってくる生物の種類の数と、その『島』でぜつめつする生物の種類の数のバランスで決まる」というシンプルな法則をみいした研究でした。
これにより、ある「島」に何種類の生物が生息しているかには、その「島」の大きさ、およびその「島」と「大陸」とのきょが大きく関係している……といったことがわかったのです。例えば大きな「島」のほうが生物は絶滅しにくいので、種数は多くなりますし、「島」が「大陸」から遠いと生物が新しく入ってきにくいので、種数は少なくなります。
この理論は、例えば「ある場所の生物多様性を守るためには、なるべく大きく、分断されていない状態で自然を残すべきだ。そのほうがより多くの種類の生物が生きていけるのだから」というように、生態系保全の考え方にも大きなえいきょうあたえました。

しかし、コスタリカの農場でたくさんの野生の鳥たちを見たデイリー教授は、「現実の世界には、この理論がそのまま当てはまらないことも多いんじゃないかしら?」と考えました。
というのは、島の生物地理学の理論では複雑な自然を理解しやすくするために、あえて単純化して、かくされた自然である「島」を想定していますが、人間のせいかつけんにあって人間活動のえいきょうを受けている実際の「カントリーサイド」の生態系はもっと複雑だからです。なので、このカントリーサイドを研究するには、理論と現実のギャップをめるために一工夫する必要があると教授は考えました。
手つかずの自然は、もう地球にわずかしか残されていません。熱帯雨林や海、もはや地球上のほとんどはカントリーサイドなのです。そして、カントリーサイドにも確かに生物たちが息づいている。教授は、カントリーサイドを守るための研究こそがより多くの生物たちを守ることにつながり、今、自分がすべきことだと決心したのです。

カントリーサイド生物地理学

そうして、デイリー教授が新たなアプローチとして生み出したのが「カントリーサイド生物地理学」です。
人間が自然に関わることによって、生物多様性にはどんなえいきょうがあるのでしょうか。おそらくみなさんが真っ先にイメージするように、人間が自然にかいにゅうすることで、そこにあった生物多様性は損なわれてしまいます。しかしその後、人間が作った農地や牧草地が、元通りとはいかなくても、別の形で豊かな生物多様性のに役立ってくれることもあります。
「カントリーサイド」のとくちょうは、農場、牧草地、森林、さらには住宅地…そういった全くちがったあらゆるタイプの場所がモザイク状に入り混じっていることです。いわば、大きさが異なる島や大陸からのきょが異なる島が集まった群島のようなものなのです。この断片的な自然にも、それぞれに適応した生物がいます。なかには違うタイプの場所を行き来することでうまく暮らしている生物もいるわけです。

ラスクルーセス森林保護区とその近辺の生物種数の分布を示した図

ラスクルーセス森林保護区とその近辺の生物種数の分布を示した図。森林とカントリーサイド(耕作地と放牧地)の両方にまたがって住んでいる生物もかなりいることや、カントリーサイドだけに住んでいる生物もいることがわかります。

例えば、コスタリカでは1970年代、熱帯雨林を切り開いてコーヒー農園に変えていったため、多くの熱帯雨林も失われてしまいました。しかしデイリー教授たちの研究で、今、その農園でもたくさんの種類の鳥や、ハチなどのこんちゅう、コウモリなどのにゅうるいといった生き物たちが豊かな生態系を築いている様子がわかってきました。
ハチの中には農園のコーヒーの花の授粉を助け、人間の役に立ってくれる種もいます。今ではコスタリカの農家も、こうした生物やそれを育む自然の重要性に気づき、農園の中やその周辺に残っている自然をみんなとても大切にしています。

このようなカントリーサイドについて熱心に研究するうちに、デイリー教授は自然が人間にとっていかに大切かを実感するようになっていきました。

コウモリといっしょ

コウモリといっしょ

3. 自然があたえてくれるもの

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グレッチェン・C・デイリー教授

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