2. 国をしんだんする

転機 ― ボリビアに招かれる

ジェフは、大学院をさいゆうしゅうの成績で終えると、そのままハーバード大学で学生を教えるようになりました。最初、ジェフの研究は、貧困がなぜなくならないのかという問題が専門ではありませんでした。主に先進国のアメリカやヨーロッパを中心とした、世界のお金の流れに関するもので、この研究で成果をあげ、28才のときには史上最年少でハーバード大学の正教授にまでなりました。

1985年のある日、じゅんぷうまんぱんな研究者生活を送っていたサックス教授の人生を、一変させるできごとが起こります。

その日ハーバード大学にやってきたのは、南米・アンデス高地の内陸国、ボリビアからの訪問団でした。きくと、訪問団の人たちは、国内のきょくたんハイパーインフレーションになやんでいました。
サックス教授はハイパーインフレーションが起こる仕組みをよく知っていたので、自信たっぷりに解説しました。すると、一人が言いました。
「そんなによくわかっているなら、ボリビアに来て私たちを助けてくださいよ。」
こうして、サックス教授はボリビアに行って、国の経済を実際に立て直す手伝いをすることになったのです。

ボリビアの首都・ラパス

ボリビアの首都・ラパス

現地の経済じょうきょうは大変、混乱していましたが、状況をみていると解決策がみえてきました。サックス教授はまずハイパーインフレーションを終わらせるための対策をたて、成功しました。 しかし、ボリビアの予算は深刻な赤字のままでした。そんなとき、ボリビアはハイパーインフレーションが終わったのならさいしはらうようにと国際通貨基金(IMF)に言われてしまったのです。サックス教授は、今そんなことをしたらこの国の経済状態はもとにもどってしまうと思いました。

「どんなに貧しくても債務は返さなければいけないというのは、まちがっている。それでこの国がだめになってしまったら、結局、国際社会のためにもならない。債務は帳消しにすべきだ。」とIMFに強く言い、最終的にそれは認められました。サックス教授には「豊かな国々はそうでない国を助ける義務がある」という信念があったのです。

経済アドバイザーとしてのかつやく

この経験を機に、サックス教授は経済の問題をかかえたさまざまな国に呼ばれ、経済を立て直すための手伝いをすることになります。

1989年、とうおうのポーランドへ呼ばれました。最初はワシントンのポーランド大使館の人がサックス教授の活動を知って、ポーランドのさい問題も解決してもらえないかとれんらくしてきたのです。

ポーランドの首都・ワルシャワ

ポーランドの首都・ワルシャワ

あとになってわかることですが、この年は半世紀にわたるソビエトれんぽうの支配を経て、とうおう諸国が次々と民主化を果たした歴史的な年となりました。ポーランドはまさに、社会主義から民主主義に切りかわるための民主化革命の真っただ中にあり、経済も大きな変化に直面して混乱していました。結果としてサックス教授は社会主義経済から市場経済への移行という、当初の予想を超えた大事業に関わることになり、「ショックりょうほう」と呼ばれる思い切った改革などを提案しました。そしてポーランドは、ほかの東欧諸国に先がけて経済自由化へのスタートを切ったのです。

その後も、ロシア、中国、インド…サックス教授は経済アドバイザーとして着々と経験を積んでいきました。

国によって病気はそれぞれ ― りんしょう経済学

ところでサックス教授のおくさん、ソニアさんは小児科のお医者さんです。

「子どもが高熱を出しています!」夜中によく、子どものお母さんから電話がかかってきました。すると、ソニアさんは次々に質問していきます。そして、高熱の原因がかぜなのか、ちゅうえんなのか、それとももっと深刻な病気なのかしんだんし、しばらく安静にして様子をみていてよいか、それともすぐに病院に運んでりょうしなくてはいけないかどうかを判断するのです。

サックス教授とおくさん

お医者さんは、かんじゃさんのしょうじょうを聞いて、何の病気かわからないのにりょうを始めるなどということはありえません。しかし経済の世界では、その国ならではのじょうきょうをよく知りもせず、問題の解決策を考えるということがまかりとおっていたのです。サックス教授は、それはおかしいと思いました。

いろいろな国の経済アドバイザーとして活動するなかで、サックス教授は、問題の原因がその国によってまったくちがうこと、それをきちんと知らないことには解決策を練ってもうまくいかないということを、実感するようになっていました。そして、自分の仕事は、ソニアさんの仕事とよく似ているのではないかと思うようになりました。お医者さんと同じように、国を「しんだん」するのです。

貧困やハイパーインフレーションは、いってみれば国が高熱を出している状態です。サックス教授はその高熱の原因を知るために、まず実際に現地に行き、観察し、質問をするのです。高熱はいつから出ている? この国の地理は? 歴史は? 住んでいるのはどんな人たち? どうやって治したいと思っている?

そうして、その国のじょうきょうをよくあくしたうえで、初めて解決策を考えるのです。サックス教授はこのやりかたを、お医者さんがかんじゃしんさつすること(りんしょう)になぞらえて「臨床経済学」と名付け、活動の信条としています。

3. 貧困との戦い

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ジェフリー・D・サックス教授

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