監かん修しゅうのことば

-2019年(第28回)ブループラネット賞受賞者に寄よせて-

2019年(第28回)のブループラネット賞は、ベルギーのエリック・ランバン教授と米国のジャレド・ダイアモンド教授が受賞されました。


この選考結果は、実はかなり意外でした。その理由は、受賞者の一人が、一見、環かん境きょう学者の枠に収まらないように思われる”世界的な知の巨きょ人じん”であるジャレド・ダイアモンド教授だったからです。ご存じのように、世界的ベストセラー「銃じゅう・病びょう原げん菌きん・鉄」の著者ですが、それ以外にもかなり多くの書しょ籍せきを執しっ筆ぴつされています。どれを読んでも、この人は世界中を自分の足で歩いている、という印象です。すごく忙いそがしいはずなのに、よくこれだけの本を書く余よ裕ゆうがあるな、という疑問も同時に湧わいてくるのです。博士号のための教育課程は、確か生理学ですから、全く異分野というか包ほう括かつ分野である総合地球・人間学への進展を実現した巨人であるか、よく分かります。しかし、ブループラネット賞は、元はと言えば、地球環境の研究者が対象ではなかったのか、という疑問が沸わいたのも事実ですが、地球の未来を見通すという環境学の究極の目的を実じっ践せんした超環境学者だとも言えるかと思います。


そもそも、環境学なる学問に実効があるのかどうか、そのゴールとなるべき本来の対象は、「地球全体と人類史のすべて」であり、気候変動問題などを考えると、最も重要な環境学の使命は、未来このようなあらゆる状じょう況きょうを予測することであり、このような学問がまとまる可能性はかなり低い夢想に過ぎないかも知れません。しかし、今回の受賞を機に、ダイアモンド教授の著書を読み直し、NHKが制作した教授と若者の議論のビデオなどを眺ながめてみると、ダイアモンド教授に相当する人が世界に20人ぐらい居て、常時世界を巡めぐり、そして、時に、ネット経由で議論をする機会があれば、環境学という学問も進化し、未来をより良い方向に変える学問に変へん貌ぼうする可能性があるのかもしれない、と思い直しました。そのような大きな可能性を秘めた受賞者です。ブループラネット賞も遅おそすぎたぐらいかもしれません。


しかし、残念ながら、ダイアモンド教授に匹ひっ敵てきする人材が、世界に20人もいる可能性はかなり低いです。その理由ですが、まず、地球全体のほぼすべてを知っているという人は、極めて希です。ダイアモンド教授は、それを実現した人としか思えないのですが、それには、まず、膨ぼう大だいな旅費と時間とを調達する必要があります。さらに、過去の歴史をほぼすべての国・地域に対して知るだけの頭脳が必要となります。当然のことながら、これらの条件を満足するには、相当な時間が必要です。そして、もっとも重要な条件は、個人的な見解にすぎませんが、極めて特異かつ独自の好こう奇き心しんを持ち続けるということを実現する「知的持久力」かもしれません。これは「完全制せい覇は」を求める知力だということもできるように思います。地球上のすべての地を訪問し、すべての状況を見て、その時間的な経けい緯いを論理的に解かい析せきできる。こんな巨人の数が多いとは思えないのです。いずれにしても、ダイアモンド教授は、この分類では、現時点での最強の巨人だと思われます。


今回の受賞の理由を理解する作業ですが、環境の専門家でない方々にとって、むしろ容易であるように思えます。まずは「銃・病原菌・鉄」を読み、そして、三部作を読み切るだけで十分です。普ふ通つうの学者を理解する場合は、最後には学術論文を読むということも時には必要になるのですが、ダイアモンド教授の場合だけは、このような全く違ちがうプロセスで実現可能です。まだ、著書をお読みになっていない方は、是ぜ非ひとも「こんな人が居るのだ」、という驚おどろきを感じていただきたいと思います。場合によっては、最初の「銃・病原菌・鉄」だけでも、十分に感じていただけることが確実ですから。


もう一人の受賞者であるエリック・ランバン教授は、1962年生まれとまだ50歳さい台の新進の学者です。その貢こう献けんは、「衛星データから土地利用の変化を解析する手法を確立した」と言えるのですが、受賞の本当の理由は、その研究手法にあります。単に、衛星データを数理的に解析して、土地利用の実態を明らかにする数学的あるいは技術的方法を開かい拓たくした、ということとは全く違ちがうのです。


簡単に表現すると、「社会経済的なデータと、人工衛星が撮さつ影えいした画像を重ね合わせる方法(ヒト・画素法と呼ばれる)によって、それまで人工衛星のデータだけでは不可能とされていた土地利用の実態が解析できることを示した」。ランバン教授は、1980年代の中なか頃ごろ、まだ大学院の学生であるとき、アフリカのサブサハラ地域において、この方法を生み出して、それを適応し、「土地利用の解析法の根幹にかかわる重要な成果を得た」、ということになります。


それでは具体的に何を実じっ施ししたのでしょうか。まだ大学院の学生であったとき、指導教官の依い頼らいによって、アフリカのサヘル地方の国ブルキナ・ファソに現地調査に向かいました。衛星写真と存在する地図を重ね合わせても、土地利用に関する既き存そんの情報と全く合がっ致ちしないことがどうにも多かったのです。大学院生ランバン氏の偉えらいところは、現地の部族との会話を積極的にすすめ、部族のもつ情報を聴きき取り、そして集めた情報を解析しました。その解析結果は、衛星写真から読み取れる情報に近いものであることが分かったのです。


考えてみれば当たり前で、現存する地図はかなり過去のデータが基となっていますが、対話によって仲良くなった現地の部族が、その時点の最新情報を提供してくれたからだと思われます。このような現地の情報と土地利用との関係が明確になったため、衛星写真から土地利用情報を読み取ることが可能になりました。その一つの例ですが、バイオ燃料を生産するために、農民がトウモロコシや大豆の生産を拡大すると、食料に対する需じゅ要ようは継けい続ぞく的に存在しているため、世界のどこかで農地が境界を越こえて林地に入り込こむようになる、といったちょっと考えても当たり前のことが、衛星写真から証明できるようになりました。


ランバン教授は言います。「地球から森林をすべて伐ばっ採さいしてしまったら、それは、すべての生命の維い持じに対する重大なチャレンジになるだろう。森林は、生物多様性を保全し、気候に影えい響きょうを与あたえ、水の循じゅん環かんを制せい御ぎょしているから。この問題を解決するには、グリーン購こう入にゅうという仕組みが不可欠だ」。現時点での日本におけるコピー用紙の使用形態を見ると、ランバン教授の指し摘てきのように、森林への配はい慮りょが不足しているように思えます。やっと各省の審しん議ぎ会での資料が、タブレット化され紙を使わないようになりました。一市民としては、コピー用紙・印刷用紙を買うとき、FSC認証のある用紙を買えば、その原料は、持続性を配慮した森林からの木材であることが保証されます。このような購入方式をグリーン購入と呼びます。日本では公的組織はグリーン購入が義務であり、環境に配慮している企き業ぎょうでもグリーン購入が自主的に実施されていますが、国民全体としての理解度はまだ極めて低いことが残念なことです。


最後に結論をまとめれば、衛星写真の専門家という最新技術の研究者が、現地の人々と親しくなるという人間関係を構築することによって、初めて実用に到とう達たつする知識体系を築くことができた。このことは、環境科学の持つかなり本質的な特性を見事に実証したと言えると思います。環境科学の基本は、やはり、人類(個人を含ふくむ)の状況を解析し、地球のあらゆる状況の変化との関係を研究し明らかにするとともに、未来の状況を予測することにあるのでしょう。


安やす井い 至いたる Itaru Yasui
国際連合大学元副学長
東京大学名めい誉よ教授


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