4. 自然の価値は「ここ」にある

自然資本プロジェクトの開始

デイリー教授は長いこと科学者として論文や本を書くことで自然のおんけいと「自然資本」について世界にうったえてきましたが、さらに一歩踏みんで、たくさんの人たちを巻きみ、国やぎょうを動かす人々の考え方に直接働きかけるため、具体的な行動に出ることにしたのです。2006年、「自然資本プロジェクト」の始まりです。
このプロジェクトは、実際にさまざまな国や企業の人達といっしょになって、賢い土地の使い方、起きている問題の解決方法などを考え、計画や実行まで協力するというものです。もちろん、そこで自然の恩恵に目を向けてもらいつつ、自然にとっても人間にとってもよい道を探っていくわけです。さてどうやって?

自然資本プロジェクトチーム 右端がデイリー教授

自然資本プロジェクトチーム みぎはしがデイリー教授

自然の価値を示す地図

教授がこのプロジェクトを始めたとき、まず思ったのが「自然の価値を書きんだ地図をつくってはどうか?」ということでした。
例えば、あなたの街でもっともおんけいをもたらしてくれている自然はどこにあるのか、この森は、あの川はどうなのか、そして今後もし土地を開発したらそれらの自然はどうなるのか……そういったことをコンピューター上でシミュレーションできる地図です。これがあれば、だれも一目で自然資本のじょうきょうがわかり、この自然は残さなければいけない、そのためにはこういうことはしないほうがいい、といった議論がしやすくなるはずです。

こうしてできたのがコンピュータソフトの「InVEST」です。初めて使ったのは2011年、ハワイでした。カワイロアという土地を今後どう使おうかと土地の所有者のカメハメハ・スクールから相談されたデイリー教授たちは、新しく開発中だったこのソフトを使って「農業・林業」「宅地開発」「バイオ燃料」という3パターンの土地利用方法をシミュレーションした結果を地図に書きみ、それぞれの利用方法に基づくシナリオによって、将来この土地の自然の価値(炭素貯留・水質・水の産出量)はどうなるか、街にもたらされる収入はどうなるか、ということをやってみたのです。すると、収入こそ一番低いけれど、他の点では最もバランスよく持続可能な土地利用が「農業・林業」だとわかりました。カメハメハ・スクールはそれをせんたくし、その年『the American Planning Association’s 2011 National Planning Excellence Award for Innovation in Sustaining Places』という持続可能性における最高の賞を受賞したのでした。

3パターンの土地利用方法に基づくシナリオ

3パターンの土地利用方法に基づくシナリオ。当初の計画より増える価値が緑、さいが赤です。一番下が「農業・林業」。「収入(右)」の価値は一番少ないけれど「自然の価値(左の3つ)」の負債はほとんどありません。

このように、デイリー教授たちはこれまで10年間、50ヵ国以上で文字通り「目に見える」形で、いかに自然を保護することが人間にとっても有用なことなのかを見せてきたのです。

中国のちょうせん

今、自然資本プロジェクトの最も大きな取り組みは中国で行われています。1998年、ちょうこう流域で、山地での大規模な森林ばっさいが原因で大こうずいがおき、大変ながいが出ました。これをきっかけに中国政府は自然をかえりみない開発のだいしょうに気づき、2000年ごろから、森林の保全と再生に乗り出し始めていました。

中国での会議 2017年

中国での会議 2017年

自然資本プロジェクトは、その中国に協力することになりました。中国政府が知りたがったのはこういうことです。「私たちのしてきたことは、かけてきたお金は、確かにこうずい予防に役立ったのだろうか? また、洪水予防以外に何かおんけいはあったのだろうか? 今後、さらに保全すべきところはどこで、どのように保全すべきなのだろうか?」
その疑問に答えるため、デイリー教授たちは広い中国全土の自然について過去10年間の変化の様子をてっていてきに調べ上げ、「InVEST」でぶんせきしました。喜ばしいことに、洪水、すなあらしのコントロール、水源確保、土地の生産性、二酸化炭素はいしゅつよくせいといった、重要な点に関して効果が出ていることがわかりました。

中国の生態系サービス保全地域の分布

中国の生態系サービス保全地域の分布。対策の効果が出つつあるようです。

中国のように長らく経済開発にまいしんしてきた国がそのだいしょうに気づき、そして自然へ投資することの大事さを知るようになったということに、デイリー教授は大きな手ごたえを感じています。他の多くの場所で、この教訓を生かすことができると考えているのです。
もちろん、まだ課題はあります。中国の生態系はすい退たいしており、再生には長い長い時間がかかります。「一本の木を置いたらすぐパンダがやってきてそこに住んでくれるわけではありません。」とデイリー教授も言っています。

中国の自然

中国の自然

中国では今、生態系再生のため、国立公園を拡大しようとしています。自然資本プロジェクトは、どこに国立公園をつくれば自然を保全することができ、かつ人々の生活とも共存させることができるのか、という調査に協力しています。デイリー教授たちの結論は2つのタイプの保護区、つまり「希少でびんかんな生物多様性を守るための人里はなれた保護区、そして人間におんけいをもたらしてくれる生物多様性を守るためのせいかつけんの保護区をつくるべきだ」ということでした。手つかずの野生地の保護とカントリーサイドの保護の両方が、ここで結実したわけです。

人間と自然

自然資本プロジェクトの歩みはさらに続きます。今後は都市開発に関わっていこうとしています。今や、地球上の人口の50%以上は都市に住んでおり、今後はもっと増えるでしょう。都市開発は自然にとって大きなきょうですが、これを逆手にとり、都市の中に自然を取り入れていければ、これまでにないほどたくさんの人間と自然を結びつけることができる。これは大きなチャンスだと、デイリー教授は思っています。

ときどき、デイリー教授も考えます。「なんで私はこんなにがんてるんだろう?」と。もし生物学者として生き物を研究しているだけであれば、今ほどいそがしくはないかもしれません。

でもデイリー教授は、今の地球が直面している危機を心配しないではいられません。人間が今ほど多くなく、近代的な科学技術も持っていなかった昔は、人間と自然はうまくバランスを取って共存していました。しかし今、人間はもはや自然に対して自分でもせいぎょできないほどの力を持ってしまいました。それを考えると教授はおそろしくてたまりません。

だから、教授は今日も自然保護のため、世界中を飛び回っているのです。二人の子どもたちやご主人を家に残していくのはさびしくてつらいものですが、家族はみんな教授の夢をおうえんしてくれています。教授の夢とは、全ての子どもたちが外に出て、自然の中で遊ぶことができる世界です。そんな世界を残すために、教授は歩み続けているのです。

二人の子どもたち

二人の子どもたち カルメン(左)とルーク(右)

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グレッチェン・C・デイリー教授

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